新宿歌舞伎町のバー「ニトリル」に足を踏み入れると、赤い照明が陰鬱な雰囲気を醸し出していた。カウンターに並ぶキープボトルの数から、ここが繁盛していたことが伺える。キープボトルは多いが、中身の量は少ない気もする。夜職の客が多く、仕事前に一杯引っ掛けるために立ち寄る者もいるという。
警部の松村が現場の奥に立っていた。彼の視線の先には倒れた男性の遺体があった。私は冷静な態度を保ちながら近づいた。
「金田、遅いぞ。もっと早く来てくれれば…」松村は情熱的な口調で言った。
「すまない、警部。では、状況を教えてくれないか?」私は尋ねた。
松村は深いため息をつきながら説明を始めた。「被害者はマティーニを飲み干した後、突然首を抑えて倒れた。口から甘酸っぱい匂いがするんだ。おかしいと思わないか?」
私は遺体を観察しながら、バーのマスターに目を向けた。「マスター、何か異変に気づいたことはあるか?」
マスターは落ち着いた声で答えた。「加藤さんは常連で、いつもと変わらずマティーニを頼んだ。飲み干した後、突然苦しみ出して倒れたんです。」
「他の客は誰がいたんだ?」私はさらに尋ねた。
「その時間帯には高木さんと斎藤さんがいました。」マスターが言った。
ちょうどその時、イライラした表情の女性が近づいてきた。高木さんだ。彼女は26歳で、常に苛立ちを隠せない性格をしている。
「あなたたち、警察は何も分かってないんでしょう!」高木さんは警部に向かって怒鳴った。
松村警部は冷静を保とうとしたが、声に苛立ちが滲んでいた。「協力してくれ、高木さん。私たちは真実を知りたいだけなんだ。」
「協力?あなたたち警察はいつもそう言うけど、結局何も分かってないじゃない!」高木さんは怒りを爆発させた。
「落ち着け、今は感情的になる時じゃない!」松村警部も声を荒げた。
私は二人の口論を遮って尋ねた。「高木さん、加藤さんとはよくケンカをしていたと聞きましたが、何が原因だったんですか?」
高木さんは苛立ちを隠さずに答えた。「あいつは典型的なチャラ男で、いつも私にちょっかいをかけてきたんです。こんな場所で働いていたくせに、偉そうに振る舞って…」
「そうですか。それにしても、キャバクラのオーナーをしているのに、まだこのバーに通っているとは珍しいですね。」私は静かに言った。
「加藤は昔、このバーに住み込みで働いていたんです。だから、ここには特別な思い出があるんでしょう。」高木さんは吐き捨てるように言った。
その後、おっとりとした雰囲気の男性が近づいてきた。斎藤さんだ。彼は60歳の農家で、バーのマスターと仲が良い。
「斎藤さん、あなたはこのバーに食材を卸していると聞きましたが、オリーブや野菜なども含まれているんですか?」私は尋ねた。
「そうだよ。このバーのマスターとは長い付き合いでね。必要な食材は全て私が提供しているんだ。」斎藤さんは穏やかに答えた。
私はさらに突っ込んだ。「最近、何か変わったことはありませんでしたか?誰かが特定の食材を頻繁に注文するようになったとか。」
斎藤さんは少し考えてから答えた。「特にはないが、マスターがオリーブを大量に注文したのは珍しかった。最近、よく注文されるようになってね。」
「それは興味深いですね。ありがとうございます。」私はメモを取りながら答えた。
次に、マスターに向き直った。「マスター、あなたの咳が気になる。持病か何かがあるのか?」
マスターは苦笑しながら答えた。「年のせいですよ。ただの風邪です。」彼は粉薬を取り出し、水で飲もうとしたが、むせて薬を吹き出してしまった。
その光景を見て、何かが閃いた。私は被害者が飲んでいたマティーニのグラスを手に取り、水を少し注ぎ、BTB溶液を加えた。すると、マティーニのグラスは真っ青に変わった。
「犯人は…」私は静かに呟いた。